ずっと真夜中でいいのに。の予定調和感がおれは大嫌いです

 常々思うんですけど、ネット発のミュージシャンやアーティストってなんだか人気が局所的じゃないですか。市井にも広く受け入れられたと強いていえるのはいわずと知れた米津玄師、その次にヒトリエ(ボカロPwowakaがニコ動出身のモンスタープレイヤーを率いて結成したバンド。BORUTOのEDめっちゃよかった)くらいか。

 After the Rainも人気といえば人気だし今朝その片割れのそらるもZIPでインタビューを受けていたけど、結局のところその中心はもっぱら歌い手ばかりを聴いている若い女の子たちっていう印象が強い。浦島坂田船なんかも小学生のファンもいるって言うくらいだし。おそらく男子学生や社会人の前でその名前を出しても「名前は聞いたことあるけど・・・・・・」程度くらいではないだろうか。は?ナナヲアカリ?誰っすかそれ?

 ほかにもボカロPではナユタン星人やみきとP、あとメジャーシーンに参戦した(今後参戦する)n-bunaのヨルシカやバルーンこと須田景凪あたりや、歌い手ながらオリジナル曲で一躍人気を得たEve、彼らも熱心にボカロ界隈や歌い手界隈を追っているリスナーたちの間では広く名の知れた存在だけれども、そこから動くこともなくその場に踏みとどまっているという感じがしてならないのだ。最初から「ネット上」で活動してきた彼らにとっては、それこそが呪縛となっているのかもしれない。

超絶怪しい期待の新人登場

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 そんななかで突如爆高クオリティの楽曲をなんのアナウンスもなしに出してきたのが、この「ずっと真夜中でいいのに。」である。そのとき投稿されたこの「秒針を噛む」という曲はアレンジにぬ完成度の高いオシャレサウンドでボカロPの注目株となったぬゆり、動画に数多くの有名ボカロPへMVを制作しているWabokuという全くもって隙のないメンバー。おまけにベースとドラムはサポートミュージシャン付きときた。こんな万全の体制でとんでもない処女作をぶち込まれて怪しがらないはずがないだろう。

 秒針を噛むの投稿と同時にずっと真夜中でいいのに。(以下ずとまよ)の中心人物であるACAねがTwitterを開設。制作陣のネームバリューもあり瞬く間に楽曲は拡散、ボカロ・歌い手界隈に居座る若いリスナーたちから支持を集めるようになり、投稿から5か月が経過した今ではYoutube上で1000万回もの再生数を誇るキラーチューンとなったのだ。

なるほど、どおりで?

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 今度発売されるデビューミニアルバム「正しい偽りからの起床」からの先行曲「ヒューマノイド」。こんなアレンジャー3人でガチガチに固めた曲にトーシローのボカロPが敵うわけがない。無論作詞作曲を手がけるボーカルACAねも強烈な個性からアレンジャーが違うともしっかり「ずとまよ色」を仕上げている。MVのアニメーションもぬかりない、まさに一騎当千。さて当のアルバムはどんな内容なのか・・・・・・。

正しい偽りからの起床(通常盤)

正しい偽りからの起床(通常盤)

 

 「出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック」

 あっ・・・・・・ということは所属事務所もそういう・・・・・・

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 なるほどなるほどそういうわけですか。つまり

 「人気ボカロPと動画製作者を使って『突如現れたシンガーソングライター』っていう名目でボカロ・歌い手界隈にいる若いリスナーたちを取り込もう

 って魂胆すか。なるほど!ほ~~んとメジャーレーベルのお偉いさんって頭いいっすよね。本当にその思惑どおりYoutube欄には見るに耐えないような馴れ合いコメントが並び、ACAねのツイートには熱心にリプライを送る若いユーザーたちが群れあうという「ザ・ネット発ミュージシャン」のような構図になっている。今度は音源を購入してくれるように色んな媒体でマーケティングしなくてはですね!いやはやすばらしい!

悔しいけどこの方法は正解だったと思う

 だって活動したばっかりのミュージシャンの弾き語りをあの川谷絵音様がわざわざ引用RTしてくださりますか?下手すればステルスマーケティングといわれても仕方のない手法だけど、意図的だろうがなんだろうが実際こうして「制作陣が豪華」「出自が謎」「でもとにかく曲がいい」「声がかわいい」といった魅力的な要素を積み重ねて人気を生んだのだから、これはどうこう喚き散らして貶す筋合いはない。完全にユニバーサル側へ軍配が上がった。実際曲はめちゃくちゃいいし。

 これ以上天邪鬼にあることないこと言っても仕方ないので、彼女・・・・・・もといずとまよの動向を静かに見守っていようと思う。以上、レビューと呼ぶには取るに足らない雑記でした。おれは「真夜ラー」みたいな固定ファンの呼び名大嫌いです。

 それでは今日はここまで。サヨナラ!

フジファブリック入門編!山内・志村どっちから聴き始めればいいんすか

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 みなさんご機嫌いかがでしょうか。もうそろそろ十一月の半ば、気がつけば赤黄色の金木犀の香りも終わりを迎えてしまいました。過去に例を見ない異常な酷暑といたるところで謳われた今年の夏も、九月に入った途端に「あれ、もう夏終わったんだ」となってしまう。これが歳を重ねるということだと思うとちょっと恐ろしい。

 今回はタイトルのとおりフジファブリックの話題です。今年のクリスマスイブで志村正彦が亡くなってから9年です。もう一度言います、今年のクリスマスイブで志村正彦が亡くなってから9年です。来年には十回忌です。マジで信じられない。

 最近でいうと「若者のすべて」がLINEのCMソングとなったり、関ジャムで取り上げられたり、志村の作った曲は確かに今でも邦ロックの中に生きている。老若男女が読める簡潔な日本語だけであんなに表現のバラエティと描写に富んだ詞は彼にしか書けない。

山内フジもいいもんだぞ

 志村の死後にソニーに移籍し、メジャーデビュー前から志村とともに活動していた山内総一郎(通称:ソウ君 Vo&Gt)金澤ダイスケ(通称:ダイちゃん Key)加藤慎一(通称:かとをさん Bass)の三人で再始動をした新生・山内フジファブリック。だんだんとアニメタイアップ・楽曲提供を積みながら彼らを知らなかった一般層にも「あっ!このバンド名聞いたことある!」と思わせる知名度にまで上り詰めた。最初こそ古くから棲みついているファンにはあまり現在のポップ路線は受け入れられなかったものの、タイアップが功を奏して新参ファンも獲得し、それをきっかけに志村の名前、そして志村の作った曲を知るということも少なくはない。現に筆者もその一人である。

 

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 アニメ「つり球」の主題歌、徒然モノクローム。山内フジの曲のなかでは古参ファンからの評価も高い。三人体制となってからは各々が作詞・作曲にチャレンジするようになり、これはベースのかとをさんが作詞を担当している。サビにつり球のメインキャラの名前を隠すという面白い演出。完全に「アニメのために」作ってる感じ。

フジファブリックの入門編、志村フジか?山内フジか?

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 お地蔵さんの行列が打ち上げ花火をぶっ放す光景っていくらなんでも混沌としすぎだよ。それに比べて楽器隊めっちゃカッコいいじゃねえかよ。戻って来い志村。

 実はフジファブリックというバンドを他人に薦めるにあたって生まれる弊害というのが、志村フジと山内フジの音楽性が根っこから大きく違ってくるということである。現在の山内フジが明るくきらびやかなサウンドに山内の爽やか系ボーカルを乗せた「当たり障りないポップバンド」だとすれば、志村フジは斜め上に発展させたロキノン系ロックに志村に秘められた究極の変態性と才能とねっとりボーカルをこれでもかと練りこんだ、良くも悪くも「聴く人間を選ぶ」バンドであろう。

 このように初めて「フジファブリック」というバンドへと導入するリスナーにとってはここが大きな課題となる。もしそこを誤ってしまえば山内フジを聴き始めるときに「こんなのフジファブリックじゃない……」と拍子抜けしてしまうだろうし、その逆もまた「何この曲気持ち悪い……ソウ君とダイちゃんイモ臭い……かとをさん全然変わんない……」という状況に陥る可能性も大いにあるのだ。

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※参考画像 一番左は当時のドラマー・足立房文

 そこで筆者が提案するのが

 「山内フジのアルバム(STARやSTAND!!やLIFEなど)を一通り聴いたのちに、『MUSIC(5thアルバム)』『CHRONICLE(4thアルバム)』『TEENAGER(3rdアルバム)』を経て遡るように志村フジへとシフトする

 というものだ。

志村正彦という男が作った音楽は、今も確かに存在している

 志村フジの音楽は3rdアルバムからじわじわとポップさが増していき、そのなかには冒頭にも述べた名曲「若者のすべて」も収録されている。「Strawberry Shortcakes」「B.O.I.P.」など、一筋縄ではいかない志村のひねくれた才能とポップなサウンドがちょうどいい按配でマッチした名盤だ。10代のころに感じた甘酸っぱさを噛みしめながらチョッ↑コォレェ↓トでフライ↑ア↑ウェイッしよう。

 4thアルバムは山内フジサウンドとなんら遜色ないポップさを前面に押し出した曲がずらっと並び(一部のファンからは失望の声もあったようだが)、「バウムクーヘン」「ないものねだり」「タイムマシン」といったファンの間で支持される隠れた名アルバム曲も収録されている。バウムクーヘンに関しては最近公開された映画『虹色デイズ』で知った人も多いのではないか。

 そして5thアルバム。現在の所属レーベルであるソニー移籍直前のクリスマスイブに志村が亡くなったあと彼が遺した詞やメロディやボーカルを最大限に活かしながら、残されたメンバー、そして足立脱退後にサポートメンバーとなったフジに欠かせない存在、刄田綴色東京事変)の四人が作り上げた志村フジ時代最後のアルバム。

 映画「モテキ」に採用され一般層に名が知れる最初のきっかけとなった「夜明けのBEAT」は志村の仮歌をそのまま採用した。そのせいかところどころ拙い部分のあるボーカルだが、それがまた志村にしか出せない空気を醸し出している。「会いに」ははじめて山内がボーカルを担当した曲で、歌詞のほとんどをベースの加藤が制作した。

 しかしながら「Bye ByePUFFYへの提供曲のセルフカバー)」「君は僕じゃないのに」のような志村らしい切ない曲も残されており、「フジファブリック」というバンドを知るには通り過ぎることのできない、非常に重要なアルバムだ。

 山内フジ体制となった今でもライブとなると志村の作った曲を必ずといっていいほど演奏する。志村正彦という男は今もなおフジファブリックのメンバーの一人であり、そして邦ロックの世界にその名を遺した名ソングライターであるのだ。

つまり何が言いたいかというと

新譜『FAB FIVE』を買え!!!!!!!!

FAB FIVE

FAB FIVE

 

ダイちゃん結婚おめでとう!!!!!!!

 

それでは今日はここまで。サヨナラ!

Lyu:Lyuのファン=CIVILIANのファンというわけではないんだよ

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 ひたすらに「あなた」との二人きりの世界を「僕」の独白体で綴っていく、そんな曲につけられたタイトルが「メシア(救世主)」。マジでエモーショナル。MVに出てくる登場人物に花子とか太郎とか、きまった名前がつけられてないところもグッときてしまった。女の子の着てるセーラー服がドンキのコスプレコーナーに陳列されてるようなあからさまな安物っていうのも妙にリアル。

 Lyu:Lyuはニコニコ上で「文学少年の憂鬱」「ハロ/ハワユ」などの楽曲を投稿していたナノウ(ほえほえP)ことコヤマヒデカズ(Vo&Gt)、そして彼と同じ専門学校出身の純市(Ba)有田清幸(Dr)のスリーピースバンドである。名前の方向性は著しくばらけているが、音楽性はきまって、いわゆる「ギターロック」一本を貫いていた。

 AメロやBメロにアルペジオを含ませることもあるけれど、サビはきまって音が綺麗に滲むような激しいストロークをかき鳴らす。一言で表すなら「格好いいが良くも悪くも無難」。しかしながら、彼らを彼らたらしめるのは、何よりもコヤマの詞と歌声が色濃く出ているからであろう。

じわじわと嬲るような静かな鬱々しさ

京王線 始発駅 人の群れ 
財布を落とした 女の子が泣いてる 
すぐに電車が滑り込んできて 
席にあぶれた人は舌打ち 
急に全てがどうでも良くなる 
僕は冷たい人間(ひと)の仲間入り

―文学少年の憂鬱

 先ほどちらっと名前を出したボカロ時代の代表曲、文学少年の憂鬱。周囲の鬱屈とした描写を具体的に表しながら、京王線の始発駅というワードでリアリティというか、説得力を持たせている。マイヘアの真赤でいう「ブラジャーのホック」的な役割みたいな感じか。

 コヤマの詞の特徴は、画面の奥で歌詞を読む人間と直接目を合わせて語りかけてくる、正真正銘心の奥底からぶつけてくる語り口調にある。

 過ぎた車の静けさが僕を一人にさせるような無闇やたらに抽象的だったり比喩表現を多用することなく、「踊ってない夜を知らない」だとか「オワラセナイトォ!ォオン!」みたいな強烈なパワーワードの力に頼ることもなく、Aメロからサビまで一定のリズムを保ちながら、しっかりと目を逸らさずに面と向き合う人間性マシマシの詞。

 そこに息を漏らすような、叫ぶような、怒りや悲しみを混ぜたコヤマの歌声は本当にずるいなあと思う。殻なんか窮屈でいらねえと破り捨てて血生臭い肉がむき出しになってる感情的な歌声。誰にも真似のできない、それこそ唯一無二。

 誰の命も無駄ではなく 全て意味があると君は言う
あなたが死んだらほらきっと 誰かが悲しむと君は言う
テーブル越しに向かい合って 冷めたコーヒーを飲んだ後
私はあなたに言ったっけ 「冗談だから気にしないで」
今も私は冷たい手を 上手く暖められないまま
もうすぐ頭上を彗星が 尾を引いて飛ぶと聞いたのに
街の皆は誰も彼も 外に出て家は蛻の殻
誰かを嫌った代償で 自分も嫌いになっただけ

―彗星 

 

 でもやっぱ詞は痛い。なんというか詞はいいんだけどどことなく痛い。高校一年生の男子が自室の片隅に放置してるアリアプロのホコリの臭い。いつまで丸めたティッシュをそのままにしてるんだ。

 Lyu:Lyuの詞にある程度目を通すと、とにかく全体の厚みがすごいというのが第一印象。Syrup16gの五十嵐の詞なんかは短い文節のひとつひとつがずっしりと重い。けれどコヤマはひとつひとつ積み重ねながら、最後にはかすかに救いを見せるような言葉で聴き手をふっと楽な気持ちにさせる。

 同系列の音楽性でいうとamazarashiなんかがしっくりくるんじゃないだろうか。歌声も詞も、AメロBメロで弱めのメロディからサビで強いメロディを持って来る展開も。ただ大きく違ってくるのは、いわゆる「世界観」なのではないかなあと強く感じる。

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 秋田ひろむの詞は全体を通して一貫性があって、楽曲ごとに確かな世界観がある。「光、再考」「ラブソング」「夏を待っていました」だとか、どれをとっても言いたいことはひしひしと伝わってくる(なかには『命にふさわしい』のような一見よく分からないものもあるけど)。はっきり言って文学性では彼のほうが上だ。

 いっぽうのコヤマの詞は全体を通すとどこか抽象的で、テーマ性がふわっとしたようなものが多い。聞こえは悪いかもしれないが、裏を返せばそれが良さなのではないかなあと思う。amazarashiが一曲を通してその哀愁に浸るとすれば、Lyu:Lyuはひとつひとつの文節に哀愁を感じるようなもの、というニュアンスだろうか。

 ボカロ出身という立ち位置でデビューしボカロP時代からのファンを引きつれ、徐々にファンを増やし固めていったLyu:Lyu。のちにCIVILIANと改名し見事ソニーからメジャーデビューを果たした。

かすんでいくLyu:Lyuの面影

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 「これまふまふが楽曲提供したんだってよ」って言ったら満場一致で納得するでしょ。いやカッコいい。めちゃめちゃバンドサウンドはカッコよくなってるけどさ、何か違うじゃん。なんか。「カッコいい」じゃなくて「格好いい」だったんだよ。

 ソニーに移籍してからは見事アニメやゲームといったタイアップを勝ち取ったCIVILIANであったが、だんだんとLyu:Lyuの頃の雰囲気がぼやけていく。

あの日 奪われた全てを
取り戻せと 声が響く
孤独を受け入れた代償で
命の灯は 赤く燃える
それは焼け付くような赫色

―赫色 -akairo- 

 何度でも ほら何度でも
闇へ手を伸ばせ 何を掴んでも
いつか本当の 命の使い道
その手に掴むまで さあ
何度でも 立ち上がれそのまま

―何度でも

  まるで何も伝わらない。それこそ「有象無象」という感じ。もちろんタイアップだから制作側からアレコレ指図されるのも当たり前だろうし、3rdシングルの「顔」のような、以前のコヤマ節を感じる曲もある。けれどLyu:Lyuの頃の、愛憎や哀愁や救いがごちゃ混ぜになった空気がどんどん霞んで、分かりやすく「怒り」と「救い」の二極化が鮮明になっているような気がしてならないのだ。

 これからメジャーからまたインディーズへ戻るのか、メジャーのままタイアップを着々と掴んで進んでいくのか、はたまた最悪の場合メジャーの道の最中で意気消沈するか、その選択は彼ら次第であるし、今後の動向が気になるところではある。しかしながら現時点ではLyu:Lyuからのファンは「こんなの違う」と声を挙げることもしばしばある、それも現実だ。

「CIVILIAN」のファンは、きっと更に増えていく

 ある一人のファンは言った。

 『変わりたい、もっと進んでいきたいって言うアーティストの足首掴んで、「違う違う! 昔がよかったの!!こんなの私の思う〇〇じゃない!!」ってわめき散らす。 そういう悪意にアーティストがつぶされていくっていうな』

 確かにその通りだ。全く以ってその通り。「昔の方がよかった」とワーワー嘆くのも古参ファンのエゴに過ぎないし、今更Youtubeのコメント欄で喚き散らしても何も生み出さない。当の本人たちも大衆を広く視野に入れ、メロディや歌詞もコンパクトにして「ユーザーフレンドリー」にしていきたいと今の音楽性にも前向きだ。現にCIVILIANという英単語には「一般人の~」という意味が込められている。

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 きっと彼らのファンが徐々に増えていくうちに米津玄師みたく「この人ボカロPだったんだ!?」と新参のファンに驚かれるだろうし、コヤマのツイートのリプライ欄は見るに耐えないものになるだろう。あくまでソニーは彼らの意図を汲み取って巧みに売り出しているに過ぎない。

 しかし「Lyu:Lyu」に残ると決めたファンは、その大衆のひとりになることを自ら拒んだのではないかなあ。

 そんなことを考えながら今回はここで。サヨナラ!